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大阪高等裁判所 昭和53年(ラ)10号 決定 1979年3月15日

抗告人(原審申立人)

金勝院

右代表者

北川亮暁

右訴訟代理人

浜本一夫

外三名

相手方

教王護国寺

右代表者

岩橋政寛

右訴訟代理人

田邊哲崖

外一名

主文

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「(1) 原決定を取消す。(2) 相手方は、その所持する昭和四三年度から昭和四六年度までの各年度における特別会計にかかる日計表(金銭出納簿)、収入帳及び支出帳(以下、本件文書という)を京都地方裁判所に提出せよ。」との決定を求めるというにあり、その抗告理由の要旨は次のとおりである。

1  原決定は、相手方は本件訴訟において本件文書を引用していないから、同文書は民訴法三一二条一号の文書には該当しないとしているが、相手方は本件訴訟において、抗告人の主張する相手方による文化財乱売の事実を否認するとともに、売却した文化財の代金はすべて相手方の特別会計に入金されていると主張し、かつ、その一例として、本件文書の一部を改ざんしたうえこれを提出しているのであるから、相手方は本件文書全部を本件訴訟において引用したものというべきである。

2  寺院の構成員は僧侶のみならず信徒をも含むものであり、寺院財産はこれら構成員の総有に属するものであるから、寺院の重要な財産である文化財の売却につき、寺院総代会や信徒総代会などの利害関係人も関係書類の閲覧請求権を有するものであるが、塔頭寺院は本山の運営の衝にあたるものであるから、その塔頭寺院が信徒などの利害関係人ですら有している会計書類の閲覧請求権を有することは多言を要しないところである。したがつて、相手方の塔頭寺院である抗告人が相手方の所持する本件文書につき閲覧請求権を有することは明らかであり、これが民訴法三一二条二号の文書にあたることはいうまでもないところであるから、抗告人に本件文書の閲覧請求権があることを肯認させる実体上の権利を発見しえないとして、本件文書が同号の文書にあたることを否定した原決定の判断は誤つたものというべきである。

3  さらに原決定は、本件文書は同条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書にもあたらないと判示しているが、同号にいわゆる「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書とは、挙証者の利益を意図して作成されたものばかりでなく、間接に挙証者の利益となる文書をも含むものと解すべきところ、抗告人は本件訴訟において、相手方が文化財を乱売しており、しかもその売得金の使途が不明であることを塔頭寺院である抗告人から糾弾されたため、使用貸借の解除に名を藉りて抗告人の追出しを策しているのが本件訴訟の実態である旨主張し、その裏付となるべき書類として本件文書の提出を求めているのであるから、これが抗告人の「利益ノ為ニ作成セラレ」た文書であることは明らかであり、この点からも原決定は取消を免れないものである。

二当裁判所の判断は以下のとおりである。

1  民訴法三一二条一号にいう当事者が訴訟において「引用シタル」文書には、当該訴訟において証拠として提出すべきものとして引用した文書のみならず、自己の主張を明白ならしめるとともに、その裏付となるべきものとして引用した文書も含まれるものと解するのを相当とするところ、相手方がその所蔵する文化財を勝手に乱売しており、しかもその売得金の使途が不明であることを塔頭寺院である抗告人から糾弾されたため、使用貸借の解除に名を藉りて抗告人の追出しを策しているのが本件訴訟の実態である旨の抗告人の主張を相手方が否認していることは記録上明らかであるけれども、そのような不正事実の存在しないことを立証するために本件文書を証拠として提出する予定であることや、右事実の存在しないことは本件文書によつても明らかにされうることを相手方において陳述し、もしくは、準備書面に記載して提出したことがないことも一件記録に徴して明らかなところであるから、本件文書は民訴法三一二条一号の当事者が訴訟において引用した文書にはあたらないといわざるをえない。もつとも、抗告人の主張する右不正事実のうち、相手方の財務部長・三浦俊良及び財務主事・岩橋政寛(現代表役員)が共謀して昭和四〇年九月、代表役員に無断でその印章を冒用して引法大師行状絵詞(重文)金一二巻を代金四八〇万円で他に売却し、しかも、その売得金の使徒は不明で、決算書類にも記載されていないとの点につき、相手方において、右売却については総務部長・北川亮暁(現抗告人代表役員)及び責任役員・田中清澄も賛成し、その売得金の使途も明白で決算書類にも明記されている旨主張し、その証拠として甲第二〇号証を提出していること、右甲第二〇号証が「特別会計簿」と題する相手方の昭和三八年ないし同四〇年度の特別会計に関する元帳の一部(昭和四〇年九月一日から二七日までの現金勘定と同四一年二月七日から同年三月三一日までの売却金勘定の各一部)であることは記録上明らかであるが、抗告人の主張する文化財の不正売却問題が本件における本訴及び反訴請求の当否を判断するについてなんら重要性のない事実であり、その意味において本件訴訟と全く関連のない事項である旨相手方において極力主張しているところからしても、右甲第二〇号証の提出は、いわば念のためになされたものにすぎないとみるよりほかはなく、このような書証が提出されていることからただちに、他の不正売却問題についてもこれと同趣旨の本件文書を証拠として提出することや、そのような不正のないことを裏付ける資料として他にも本件文書のごとき証拠が存在することを示唆し、黙示的にこれを引用したものと解することもできないから、いずれにせよ本件文書が民訴法三一二条一号の文書にあたるものと認めることはできない。

2  抗告人が相手方に対し、本件文書の引渡又は閲覧を請求する私法上の請求権を有するものと認めるべき法律上の根拠はなんら存在しないから、本件文書が民訴法三一二条二号の文書にあたるということもできない。抗告人が相手方の塔頭寺院であるからといつて、当然に相手方の所持する本件文書の閲覧請求権を有するものとすべき法的根拠はどこにもない。

3  さらに、同条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書とは、挙証者の法的地位や権利もしくは権限を直接証明し、又はそれを基礎づけるために作成された文書を指すものであつて、単に挙証者において訴訟上の争点に関連するとしてその証拠調を希望し、それが自己に有利な結果をもたらすものと予想している文書であるというだけでは、挙証者の利益のために作成された文書といいえないことは多言を要しないところである。しかるに本件文書は、抗告人において本件訴訟の争点に関連ありと主張してその証拠調を希望し、かつその証拠調により、相手方に不利益で自己に有利な結果がもたらされるものと予想しているかのごとく窺われる文書ではあるけれども、抗告人の法的地位や権利もしくは権限を直接証明し、又はそれを基礎づけるために作成された文書でないことが明らかであるから、これをもつて「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書にあたるものと認めることはできない。

4  なお、本件文書は、同条三号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書にもあたらないというべきである。<以下、省略>

(仲西二郎 藤原弘道 豊永格)

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